篠原慎平投手(巨人)は高校中退から育成で這い上がったシンデレラボーイだった!

      2017/04/27

今回は、4月19日に鹿児島県鴨池球場で行われた巨人-ヤクルト戦で育成出身ながらプロ初登板、初勝利を納めた篠原慎平選手を紹介したいと思います。

彼は高校中退後、四国の独立リーグを経てプロ入り、そして育成から3年懸けて支配下登録され、その直後にプロ初勝利を掴みました。

そんな篠原慎平投手の紆余曲折の野球人生にクローズアップしてみました。


プロフィール

篠原 慎平(しのはら しんぺい)投手
◆1990年6月13日生まれ
◆身長:186cm 体重:97kg
◆血液型:A型
◆右投げ左打ち
◆出身地:愛媛

高校中退の異色選手

篠原投手は小学2年の頃から軟式野球を始め、中学では川之江ボーイズに所属。高校は愛媛県の県立強豪校である川之江高校に進み、1年夏に県大会4強、1年秋に四国大会4強、そして2年夏にも県大会4強と着実にステップアップしていました。

しかし、篠原選手が2年生の時、部内での暴力事件が発覚し。

その不祥事により、何人かの選手が野球部を退部、高校も中退しました。

そのタイミングで、篠原投手も高校を中退しています。

ただ、篠原慎平投手がその暴力事件に直接関わっていたかは、はっきりしていません。

プロまでの紆余曲折

篠原慎平投手は川之江高校を中退後、今治精華高校の通信制課程で勉強しながら独立リーグ、四国アイランドリーグplusの愛媛マンダリンパイレーツでプレー。


1年目の2008年から140キロ台後半の直球でプロのスカウトも注目する投手でした。

しかし、その年の6月に右肩関節唇断裂の大けがを負ってしまいます。

3年間マウンドに立つことができず、篠原投手はその時の事を「これまでの野球人生で最大の試練だった」と振り返っています。

愛媛マンダリンパイレーツに在籍していた3年間の成績は以下の通りです。

2008年 19試合に登板して4勝3敗・防御率3.36

2009年 23試合に登板して2勝6敗1セーブ・防御率6.31

2010年 12試合に登板して3勝3敗・防御率3.34

2013年には同じ四国アイランドリーグプラスの香川オリーブガイナーズへ移籍し復活します。

しかし、本人は地道なリハビリを終えた達成感で満足してしまい、「プロはもう諦めよう」と思っていたそうです。

それでも、周囲から「せっかくけがを乗り越えてきたんだ。もう少し頑張ってみろよ」と励まされ、「今年でプロに行けなかったら終わりにしよう」と再び奮起をします。

そして、2014年には直球の最速が153キロに到達し、プロ入りを実現させました。

香川オリーブガイナーズでの成績は以下の通り。

2013年 23試合に登板して3勝6敗・防御率4.12。

2014年 53試合に登板し6勝5敗10セーブ・防御率3.03。

2014年は全80試合のうち、なんと53試合に登板!

苦労の末の支配下登録

プロに入団後も、ストレートの威力はあるものの、変化球と制球力に課題があり、なかなか支配下登録に至りませんでした。

2016年から巨人では3軍が創設されましたが、その3軍でも腐ることなく、焦る気持ちを抑えて努力を重ねました。

その結果、2016年の7月末に3軍から2軍に昇格します。

2軍では、主にリリーフながら16試合に投げ、防御率は1・71と活躍します。

そして、シーズン終了まで2軍に残留し続け、台湾でのウィンターリーグにも育成選手として唯一、参加しました。

そのウィンターリーグでは奪三振王を獲得し、支配下登録に弾みをつけました。

そして今年2017年は、イースタンリーグで主に中継ぎ、抑えとして9試合11イニングに登板して0勝0敗1セーブ、防御率0・00と安定した内容で、念願の支配下登録を勝ち取りました。

まとめ

今までかなり苦労を重ねてきた篠原慎平投手。

その逆境の強さは正に、中継ぎやクローザー向きな気がします。

これからも重いストレートを武器に、強気で打者に立ち向かって行って欲しいです。

そして、新たな「独立リーグの星」「育成の星」として輝く選手になることを期待します。


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